一粒万倍 種まき大作戦
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棚田チャレンジ2009 vol.2 開墾2ー溝掘り&クロ切り(2月28日〜3月1日)その1

休耕田を畑に変えちゃおう!

平野部の多い千葉には高い山がほとんどない。一番高いのは南房総市の愛宕山(408m)で、実は鴨川自然王国からもほど近い場所にある。自然王国のある大山地区は内房(東京湾側)と外房(太平洋側)を結ぶ長狭街道周辺にある集落のひとつで、長坂移動のほぼ中間あたりに位置している。このあたりは江戸時代から「長狭米」と呼ばれる良質米な産地として知られてきたところだが、実は平野部が少なく、田んぼの多くは山間地に続く棚田。長狭街道から少し中に入ると、自然が人間に与えてくれたわずかな営みの空間を縫い合わせるようにして広がった、棚田の風景を目にすることができる。その代表格が「大山千枚田」。日本の棚田100選にも選ばれる鴨川の観光地のひとつで、都市農村交流の要にもなっている。私たちの乗った車はそんな棚田の風景の中を進んでいた。空にはグレーの雲が低く漂い、雲間から差し込む早春の光が鈍い虹色を放ちながら私たちを見守っている。どうやら太陽は、分厚い雲の向こうにしばらく留まっていてくれそうだった。

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周辺地図(鴨川自然王国HPより)

「天気予報は雨だったけど、種まきの日っていつも晴れるんですよね」

そういいながら迎えてくれたYaeさんに、私は思わずこう答えていた。

「きっとみんながすっごくやりたいからでしょうね」

参加者達の想いが雨雲を飛ばしたような気がしていた。去年は台風の予報をひっくり返したこともあったくらいなんだから。今回の参加者は15名程。珍しく男性が多く、男女比は同じくらい。前回に比べればかなり少なくなったが盛り上がりはまだ続いている。さあ、いよいよ開墾第2段のスタートだ。

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社会人に加えて女子大生も参加!農業を学ぶ学生サークル「耕地の会」のつなぎがまぶしい

今回の目的は溝掘りと天地返し。開墾した場所は田んぼとして使っていたところなので粘土質で湿気が多く、畑として使うには水持ちがよすぎる。なので畑として使うには、山側からの水が流れ込まないように耕作予定地の斜面に面したところに溝を掘り、更にスコップで表土を掘り起こして土地を柔らかくし、微生物が働きやすい環境をつくるという作業が必要になる。土木作業な雰囲気漂うこのふたつが、何を隠そうメインイベント。

まず初日は参加者全員で溝掘り。幅約30センチ(スコップの幅)×深さ約50センチの溝を畑の周囲に廻らせていくのだが、幅が細くて長い棚田の畑、溝掘りは総長50mにも及ぶ。これは根気のいる作業になりそうだ。このシチュエーション、普通に考えるときっとこうなるはず。

「なんで、こんなしんどいことやってんだろう?」

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しかしそこには、若者達がケンスコ(先の尖ったスコップ)や鍬を片手に長靴姿で意気揚々と開墾地に入っていくという、田舎でも都会でもなかなか見られない光景が広がっていた。そう、田舎には農地はあっても農業をする若者は少なく、都会では農業をしたい若者がいても農地がない。だから種まき大作戦。だから棚田チャレンジ、なのである。

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きっとこれ、仕事でやっていたら眉間にシワがよっていたかもしれない。もしもここに一人で佇んでいたなら途方に暮れていたかもしれない。でも私たちはここに休日を使って遊びに来ていて、周りには仲間がたくさんいた。そう、これは労働というよりすでにアウトドア。頭で意義を考えるより体を動かした方がおもしろい。地球にいいというより自分に楽しい。そんな遊びのツールがたまたま開墾だった……なんて言葉が一番感覚的に近い。そして、忘れてはいけないことがある。

イベントはみんなが楽しむためにある。

これが、開墾に参加するパワーの源。いいことやるにも楽しくなくちゃ続かない。楽しいことも周りが喜んでくれたらもっと嬉しい。この開墾作業の意味はそのふたつのニーズを満たす新しい農レジャーのひとつともいえるだろう。荒れ地を畑にすることできれいになったと喜んでくれる人がいる。私たちのつくった食べ物を食べてくれる人がいる。そう思うと自然に気力がアップして体が勝手に動き出すのだ。

前日までの雨のおかげで土は湿っていて、適度に掘り返しやすい状態になっている。しかしその反面、水分を含んだ土は予想以上に重い。しかも粘土質ときているのでスコップにくっついてなかなか落ちてくれないときた。そんな状況の中で溝を掘り進めていくのは至難の業。みんな粘土に足を取られながらもなんとか作業を続けている。そのあまりの水浸しな状況を見て、思わず私はこんなことを言い出してしまった。

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「これって、畑にするよりも田んぼのままの方がいいんじゃない?」

「そうかもしれない」「だったらもっとたくさんお米つくるのもいいね」……などなど、しばらくみんなで相談まじりの雑談を繰り返していると、そばから頼もしい声が飛んできた。

「畑、できますよ。俺達も昔、使ってなかった田んぼを畑にしましたから」

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自然王国の藤本ミツヲさん(写真右)が、作業の手を止めて声をかけたのだ。彼が自然王国にやってきたのは2002年。当時は創設者の藤本敏夫さんが亡くなったばかりで、畑などもまだ手が付けられていない状態だった。自然王国を引き継ぐとは言ったけれど、どうしたらいいかしら?——そんな問いを抱えながら鴨川にやってきた加藤登紀子さんの前に表れたのが、ミツヲさんと友人の寅さん。東京で農業セミナーに通っていた彼らが自然王国に興味を持ち、ちょっと見学にきたつもりが、運命の出会いになったのである。

「あなた達ここに住んで農業をやらない?」

登紀子さんのそんなひと言から話はどんどん進み、二人は王国で研修生として暮らすことになったのだ。登紀子さんは 二人を「フューチャーズクラブ」と命名。主立った活動が休止していた自然王国での活動再開への望みを若い二人に託したのだが、その活動はそんなにやさしいものではなかった。

「こんなんで本当に農家になれんのか? これは農業じゃなくて土木作業だよ!」

スコップ片手に使われていない田んぼを開墾していく毎日。 都会からやってきた若者には突然災難に見舞われたような出来事。雑草が根を張り固くなった土との戦いは、想像を絶するハードワークだったに違いない。
何を隠そうそんな状況に見舞われたのは、 王国理事・石田三示さんのこんなアドバイスがあったからだった。

「お前達、機械を使わないでまずは自分でやってみろ!」

目の前が真っ暗になりそうなひと言。しかしやったことがない分野だからこそ、やれと言われたらやるしかない。二人は黙々と働き続けた。やがて研修生はミツヲさん一人になり、再び仲間が増え、現在の自然王国の畑と活動基盤がつくられていったのだった。経験者の語る言葉はさすがに深い。これで心配なく作業に没頭できる。

溝は掘るに連れて更に水が溜まり、足下が更にゆるくなってきた。

「すごい水ですねえ。でも大丈夫、畑にできますよ」

途中から助っ人に現れたYaeさん(写真左)は、さらりとそんなセリフを言いながらテキパキ溝掘りを進めていく。

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その様子を見ていた王国スタッフ・宮田さんがぼそり。

「こんな作業を通じて二人は愛をはぐくんだからねえ」

農が結んだ王国恋物語の一幕に、思わず頬が緩んでしまう。宮田さんと顔を見合わせ密かにニヤリと笑い合った。

Yaeさんの慣れた動きにつられたのか、彼女の周りにいるチャレンジャー達も動きが滑らかになってきた。「絶対明日は筋肉痛」などと言いながらもなんだか爽快な雰囲気。「農作業は一人でやると瞑想、みんなでやるとお祭り」という半農半X実践者の名言があったけど、本当にその通りだと思う。やっぱりみんなでやると、何倍も楽しい!

夕暮れになる頃には溝も完掘! こうやって成果が目に見えるのも農作業の嬉しいところ。みんな明日の天地返しに向けてやる気満々で初日を終えた。

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